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火災の記録は、古くは「古事記」上巻から残されている。
むろんそれ以前、人が人として生活し、火を使うようになったと同時に火災は発生していたはずである。
すでに縄文時代の発掘遺跡の中にさえ、争いによる放火ではなく、生活使用火の失火とおぼしい焼損痕跡があるという。
つまり、人類の歴史では、プロメテウスの神話によるまでもなく、火気を使用する生活の開始とともに、火災は存在したのである。
そしてもう一点は毎年のように襲来したであろう自然災害である。
こればかりは”天災”と名付けられているとおり、人知を超越した天変地異として受け止められ、常に我々の祖先の時代から現代に至るまで、
その猛威の前にひれ伏せされ続けている。ある意味で人間の歴史とは、天災、人災によって塗りあげられた物語ともとれ、それは現在も、そして未来も変わることはないであろう。  個人では対処できないこれら火災や自然災害に、人間は組織力を持って対抗しようとする。

その濫觴は一説によると平安時代だといい、ある説によると室町時代だともいう。
だが正規の文書記録として残るのは、寛永11(1634)年大阪における町火消し制度が、近世のわが国組織消防隊の先駆とされ、
それは江戸時代の定火消制度より24年も早い。
当時経済の中心地だった大阪を、三代将軍徳川家光が訪れた際、町の惣年寄りに命じて組織させたのが
井、川、波、雨、滝、という5組の町人による消防組織である。これは現在の自治体消防の原形を示すものとして位置づけられている

すなわち、大坂三郷の火防は、そこに住む町人たちの自主的な消防組織力によって捕え、というのが骨子であり、
現在の自治体消防の立脚精神と近縁関係にあるといっていいだろう。 以後、徳川幕府の瓦解とともに、消防制度は大きく変わる。
いわいる公設消防のスタートであり、大体明治2(1869)年〜5(1872)年くらいの間に府県知事が消防事務を掌留制度が定着する
。が、この頃はまだ新政府の体制が充分に整っておらず、受負制度であり、府県の直営ありで必ずしも全国制一化された組織体制といえるものではなかった。
この頃の現場指揮はすべて警察の手に委ねられていたが、明治13年(1880)年に至って、
東京府では消防を東京警視庁から分離し、内務省直轄の消防本部(現東京消防庁の前身)を設立するという画期的な出来事があった。
これが、現在いわれている『官設消防』制度の始まりであり、これをもって近代消防制度発祥とする説が一般的である。

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