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知っとこ☆防災と防犯 鹿児島県出水市土石流災害(平成9710日)
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発生日時】平成9年7月10日(木)0時49分ごろ【発生場所】鹿児島県出水市境町針原【出動消防団員数】出水市消防団員465名

平成9年7月に発生した鹿児島県出水市の土石流災害で、分団長として活躍した鹿児島県出水市消防団外良徳(ほか・よしのり)さんの
活動体験記を紹介します。
7月10日未明(午前1時半過)、サイレン吹鳴で目を覚まし、第4分団第3部の詰所に出動する。そこにはすでに数名の団員が来ていて、消防署からの無線通報で針原での土石流発生(最初は崖崩れと思っていた)と聞き、直ちにスコップ等を積むよう指示し、現場へ向かいました。

針原川の橋に差しかかった所で事の重大さに驚きました。この現場は、3時間前に私が分団管轄の江良川水害出動解除後、帰宅途中に車で通った時は、
川の水も引いて何の問題もなかったのです。ところが、今は橋の上には土石流が溢れ、川沿いの道路もまるで川のようにゴーゴーと泥水が流れていました。
私は、消防車をう回させて、濁流の中を4人で向かい岸に渡り、すでに活動している第4分団第2部の森・岩井団員及び第4分団自動車部の
古川班長から現場の説明を 聞き、すでに何人かの負傷者をミカン園で救助したり途中で死亡している人を見たとの報告を受けました。
私は、まだ生存者はいないか、また、すでに死亡している人を収容するために戸板を準備させ、6人で班をつくり上流に向かいました。
 途中、何回もの濁流の音が大きくなったり、水かさが増したりしたので、退避を繰り返しながら、
若宮神社から100m下の道路沿いで土まみれになった女性の遺体を発見し、準備していた戸板で団員に搬送させ、
さらに、若宮神社の方に火炎が見えたので、濁流の中を消火に向かいました。
現場は、ガスの臭いがたちこめていましたが、火炎は自然鎮火状態でした。若宮神社の周囲は何棟もの家屋が土石流に押し流されてきて、
大楠の銀杏の木に止められ無惨な状態で多量のガレキの山となり、中には生存者がいるような気はしませんでしたが、
消防署員が声をかけますとガレキの中からかすかな応答があり、発電機を使用して消防署員と警察官約10人が中心となり、
その辺りを団員が手伝いながら折れた柱・壁板の除去・屋内配線の切断排除等、泥まみれの作業が30分以上も進んだころ、
母親が娘を抱くようにした形で、その二人の間には、男の子供が逆さまに埋まって足だけが見える状態で3人一緒に発見されました。
3人を励ましながらまず娘と母親を救出し、残った男の子供はだめかと思って見ていると、呼びかけに対して足がピクッと動いたので、
「生きている」とわかりそれこそ無我夢中でガレキを堀りおこしました。頭が斜め下になった形で布団に挟まれ、
泥まみれでガレキの中にいた子供を救出した時は本当に嬉しいでした。(なお、2人の子供の父親であり、
母親の夫でもある私の友人は、この土石流災害で死亡しました。私のミカン作りの仲間でした。)

その後、周辺には生存者がいないことを確認し、また、雨も強くなり二次災害の恐れがありましたので、消防署長の判断で一旦捜索を打ち切って
公民館に退避しました。夜が明けるにつれて、現場の被害状況が解り、ただ唖然とするばかりでした。
雨がやや小降りとなった午前5時過ぎ、取り残された生存者がいるから消防署と地元4分団で救助に行くよう消防署長から指示を受け、
濁流の中、腰までつかり悪戦苦闘しながら、流されずに残った鉄骨2階建の堂脇宅までやっとのことでたどりつきました。
消防長の指示で、私たち第4分団員は、堂脇宅の2階にいた2人を救助し収容しました。2階の部屋には半分以上土砂が入っており、
人共老人で動かなかったのが幸いしたと思われます。
古川宅では、消防署員達が1人救出しましたが、被災者はガレキや岩に下半身が挟まれていて救出に手間どり、
当時はまだ雨が降り続く中、またいつ土石流が発生して2次災害が起きはしないかと恐怖の中での作業でした。
後は、団長の指示のもと分団毎に行方不明の捜索に当たり、11日午後1時41分に最後の行方不明者であった4歳の女の子の遺体が発見され、
捜索が終了しました。早い時間で行方不明者全員が発見されたので、ホッとしたのが正直な気持ちでした。
団員も、9日の昼から土のう積み作業や水害出動など3日間連続の出動で大変疲れていました。
しかし、まだ現場が危険な状態なので二次災害に備えて、夜間中(午後6時〜午前6時)人が立ち入らないように立哨の指示が消防団に出され、
警戒出動せよとの消防長・団長の指示により、私達地元第4分団で警戒にあたりました。
その後、7月17日・18日と再び大雨が降り避難勧告が出て、針原の現場へ出動し、立入禁止の立哨及び土石流の警戒にあたりました。
それからは幸いにも土石流の発生はなく、胸をなでおろしているところです。
不幸にして、この度の土石流災害で亡くなられた私の友人を含む21人の方々の御冥福と、
再びこのような悲惨な災害が発生しないことをお祈りしながら終わりにしたいと思います。

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